当院の鼠径ヘルニア腹腔鏡手術は、患者様の体への負担を最小限に抑える低侵襲手術です。切開する範囲はわずか数ミリですが、手術による合併症のリスクを100%排除することはできません。
当院では、これらのリスクを最小化するための対策を講じています。ここでは、それらについて解説します。
合併症リスクを最小限に抑える
腹腔鏡手術は、従来の鼠径部切開手術と比べると体へのダメージが少なく済みますが、それでも麻酔下での切開は避けられません。
鼠径ヘルニアは自然治癒しない病気で、放置するとサイズが大きくなり、嵌頓のリスクが高くなります。そのため早期のうちに手術を受けるのが望ましいです。
しかし、医療行為には絶対の保証はありません。人体の仕組みはすべて解明されているわけではありませんので、ミスのない手術を行っても、予期せぬ合併症や事故が発生する可能性があります。
それゆえに、日帰り手術が可能であるという判断は、医師による合併症リスクの低さの証になるのです。リスクが高い患者には日帰り手術は適用されません。
日帰り手術が選択された時点で、安全性は確保されているとご理解いただければと思います。
それでも、治療に伴うリスクを理解することは、患者様の権利であり、医療機関の義務です。正確な情報提供により、患者の不安を和らげることを目指しています。
腹腔鏡を用いた鼠径ヘルニア手術の
合併症について
鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術に伴う、合併症のリスクについて紹介します。
漿液腫(しょうえきしゅ)・血腫
鼠径ヘルニアの手術により、切開した部分から体液や血液が漏れ出し、元のヘルニアの位置に溜まることがあります。これは鼠径ヘルニア手術の合併症で、約3~4%の患者に発生するとされています。
手術後にヘルニアがあった箇所に空間ができ、そこに漿液が溜まると漿液腫になります。血液成分が多い場合は血腫と呼ばれます。
通常、手術の翌日から2週間で発生し、「たんこぶ」と似た状態になります。痛みは少なく、自然に消えるため、特に治療を必要としないことが多いです。ただし、完全になくなるまでには数ヶ月を要することもあります。
手術後に液体が溜まることで「ヘルニアが治っていない」「再発した」と誤解されることもありますが、これは一時的なものです。
内容物を抜くために針を刺す処置も可能ですが、感染のリスクがあるため、特に「不快感が強い」などのお悩みがある場合以外には行わないことが推奨されています。自然に解消するのを待つのが望ましいです。
出血(大量出血はほとんど発生しません)
外科手術における合併症としての「出血」は、輸血や再手術が必要なほどの大量出血を意味します。手術では、必ず体を切開するため、出血を完全に避けることはできません。
鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術は、多くの血管を含む臓器を切除する手術ではないため、出血のリスクは比較的低いとされています。当院での経験も含め、輸血や止血のための再手術が必要になった事例はありません。
ただし、過去に下腹部の手術歴がある方(大腸や前立腺、婦人科系の病気により)や、鼠径ヘルニアの再発、下腹部に強い癒着がある場合は、出血リスクが高まります。これは、硬化した組織を切除する必要があるためです。
手術室では、傷口を縫合する前に止血できたかを徹底してチェックしますが、稀に傷口からの再出血が発生するケースもあります。特に、抗血栓薬や抗血小板薬を服用している方は、出血リスクが若干高まるため、手術前にこれらの薬を飲むのを一時中断していただくことがあります。
また、止血後に皮膚下に血液が漏れると、皮膚が黒ずむことがあります。これは「皮下出血」と呼ばれており、一般的に「青あざ」と呼ばれている状態です。皮下出血は通常、数週間のうちに青から黒、黒から茶、茶色から黄色へ変色してから体内に吸収されます。
しかし、傷が急激に腫れたり、出血が続いたりする場合は、すぐに医師に連絡してください。
出血した血液がヘルニアの位置に溜まると、「血腫」と呼ばれる状態になります。
慢性疼痛(とうつう)
慢性疼痛は、手術後に長期間続く痛みで、「術後3か月に存在し、6か月以上続く痛み」と定義されます。
欧米では、慢性疼痛が10~20%の患者に発生すると報告されていますが、日本での発生率はまだ明らかではありません。
慢性疼痛の症状には、
- ビリビリとした痛み
- 刺されたような痛み
- 重く鈍い痛み
- 焼けるような痛み
- しびれ感
などがあり、発生するタイミングも運動時、安静時、性交時、排尿時など、患者様一人ひとり異なります。原因が不明なことが、この合併症をさらに複雑にしています。
明確な原因がある場合、例えば、
- メッシュ感染
- 鼠径ヘルニアの再発
- ヘルニアとは無関係な他の病気(泌尿器、腰椎、婦人科系疾患など)
などによる痛みは、一般的に慢性疼痛とは考えられません。
治療には、様々な痛み止めや神経ブロック注射が使われますが、疼痛が残る場合はメッシュの除去で改善することもあります。
他の医療機関で手術を受けた後に、慢性疼痛の相談を受けることはあります。その場合は、神経損傷が慢性疼痛の原因である可能性を説明することで、不安が和らぐ方もおられます。
意外によく見られる合併症なだけあって、慢性疼痛は手術を受ける際に十分理解しておくべき合併症とも言えるでしょう。
感染予防
鼠径ヘルニア手術は無菌環境下で行われるため、感染リスクは他の手術に比べて低めです。無菌手術の感染率は非常に低いのですが、メッシュを挿入する際には、どうしても感染のリスクが出てきてしまいます。感染が発生した場合は、膿を排出するために切開を余儀なくされる可能性があります。
腹腔鏡手術によるメッシュ留置は、鼠径部切開法よりも感染リスクが低いとされています。その理由は以下の通りです。
- ①傷が小さいため
- ②傷口が下腹部から離れているため、陰毛などの接触が少ない
- ③手術中、皮膚にほとんど触れない
鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術後は、傷口を清潔に保つことが重要です。手術当日でもシャワーを浴びることは可能ですので、「傷口を洗うこと」を患者様に強くお勧めしています。
傷口に触れることに抵抗感を抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、感染予防として清潔を保つように心がけましょう。
精管損傷について
睾丸から精子を運ぶ精管が損傷すると、不妊や射精時の痛みを引き起こす恐れがあります。精管損傷が起こる確率そのものは低いですが、特に子どもを望む方にとっては、頭に入れていただきたい合併症かと思います。また、子供を作る年齢でなくても、射精時に痛みが走ることもあるため、慢性疼痛と区別するのが難しい傾向にあります。
もちろん担当医師は手術中、精管を保護するため細心の注意を払いますが、合併症のリスクを完璧になくせるわけではありません。
ガイドラインによりますと、鼠径ヘルニアの患者様の2.4〜23.2%が、性行為中の痛みや射精障害を経験していると報告されています。さらに手術後、その頻度は1~6%に減少するとされています。
また、メッシュを使用した手術を受けた場合でも、それが男性不妊の直接原因にはならないとも指摘されています。
これらの報告を踏まえると、子供を望む患者様でも、手術治療を検討する価値があるとも言えます。
再発率の低下
鼠径ヘルニアの再発率は、過去と比較して大幅に減少しています。これは手術技術の進歩によるものです。メッシュ使用が一般化する前、再発率は約10%もありましたが、現在はメッシュ使用により、1%未満にまで低下しているとの報告もあります。
再発率が低いとはいえ、ゼロではないことを認識しておく必要があります。また、経験豊富な医師による手術ですと、再発率がさらに低くなるとされています。
手術を受けた側とは反対側に、鼠径ヘルニアが起こるケースもありますが、その割合は約10%です。このケースは再発とは別物になりますが、鼠径ヘルニアの既往がある方は、そうでない方よりもリスクがやや高い傾向にあります。
ただし、自覚症状がない鼠径ヘルニアに対して、予防的に手術を行うことが望ましいと言える証拠はありません。そのため、特別な理由がない限り、症状のない反対側の鼠径部への手術は行われていません。
腹腔鏡手術における稀な合併症
下記の合併症は、腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術における合併症の中でも、かなり稀なものです。
消化管の損傷・穿孔
筒状のポート(腹腔鏡を挿入する際に使われます)や手術中の操作(例えば、癒着した腸を剥がしたり器具を出したり入れたりした時)によって、消化管がダメージを受けて起こるケースが多いです。
確率は低いのですが、手術中に見過ごされて術後に見つかることがあります。
腸閉塞
腸閉塞は、以下のような原因で発生することがあります。
- ①メッシュや糸による癒着
- ②腹膜の切開部の隙間に腸が挟まる
- ③腹部の傷口に腸が癒着する
これにより便通が困難になり、腹部膨満感、腹痛、嘔吐などの症状が現れます。多くは食事制限と点滴治療で改善しますが、稀に再手術が必要になることもあります。
膀胱の損傷
膀胱は鼠径部近くに位置している臓器です。そのため、周囲の組織を剥がす手術中の作業によって、損傷してしまうことがあります。この合併症は、手術中にも術後にも発見されることがあります。
膀胱が損傷した場合、またはその疑いがある場合には、手術中にその部分を修復したり、尿道カテーテルをしばらくの間留置したりする対処を行います。
術後に損傷が明らかになった場合は、緊急手術を検討することもあります。
当院が行っている合併症の予防策
当院では、合併症予防に向けた取り組みを手術前の段階から徹底しています。術前診察では、患者様1人ひとりの健康状態や既往歴、ライフスタイルなどについて丁寧にお聞きします。さらに、手術プロセスとそれに伴うリスクについて丁寧に説明し、患者様の疑問や不安を解消することも心がけています。
以下の点をチェックし、医療チームで包括的なリスク評価を実施します。
- 特定の不整脈や心電図異常の有無
- 採血検査の結果に異常がないか
- 日常生活での胸痛、呼吸困難、動悸などの症状の有無
- 過去の手術歴が現在の手術に影響を及ぼす可能性
持病がある場合でもほとんどの方は日帰り手術が可能ですが、リスクが高いと判断された場合は、日帰り手術を見送り、入院手術など他の選択肢を提案します。
腹腔鏡手術が適さない場合でも、通常の手術方法であれば日帰りが可能なケースもあります。患者様にとって最良かつ安全な治療オプションを提供することを目指しています。
手術後は、患者様の回復状況を丁寧に観察し、看護師が豊富な経験を活かして術後ケアを行います。何か異常があった場合には迅速に対応できるよう、準備を徹底しております。
安心・安全な鼠径ヘルニア日帰り手術を提供
当院は、腹腔鏡を使用した鼠径ヘルニア手術において、高い技術力を有しているクリニックです。体への負担を最小限に抑えた手術を心がけています。
日帰り手術の所要時間は約30分~1時間で、医師の熟練した技術により、従来の鼠径部切開法と比べても手術時間は大差ありません。術後の快適さや安全性に対する取り組みにより、多くのメリットを得られる手術方法でもあります。
当院では、腹腔鏡手術の豊富な経験を活かし、総合病院と同じような手術を日帰りで実施しています。術後の痛みも軽減されるので、どうぞ安心して、ご相談いただければと思います。