腹腔鏡手術は、従来の鼠径部切開法に比べて、術後の痛みが大幅に少ないとされています。日常生活へすぐに戻れる「日帰り手術」をお考えの方にとって、術後の痛みは非常に重要な事かと思います。
ここでは、鼠径ヘルニアの手術における術後の痛みに焦点を当て、当院で実施している「腹腔鏡手術」と従来の方法である「鼠径部切開法」の痛みの違い、その理由について、詳しく説明します。
鼠径部切開法と腹腔鏡手術の違い
鼠径ヘルニアの手術方法は主に以下の二つです。
- 腹腔鏡下手術
- 鼠径部切開法
これらは、腹腔鏡の使用の有無によって分けられます。どちらの手法も、ヘルニア(脱腸)を改善させ、再発を防ぐためにメッシュを用いて腹壁を強化する点については共通しています。手術は全身麻酔下で行われるため、患者様は手術中の痛みを感じることなく、眠ったまま手術が進められます。
とはいえ、手術後の痛みと傷跡の残り具合について、心配される方が多いのではないでしょうか。
これらの方法を比べると、腹腔鏡手術は術後の痛みが少なく、傷跡も小さくなる傾向にあります。
腹腔鏡手術では傷口が小さく済む
腹腔鏡手術は、約5mmの小さな穴を3箇所開けて行います。1箇所は腹腔鏡(カメラ)用、残り2箇所は手術器具(鉗子)用です。メッシュは折り畳んで、5mmの穴から挿入し、これらの穴を通じて器具を操作し手術を進めます。
対照的に、鼠径部切開法で開ける傷口は3cm~5cm程度です。傷の大きさは、手術方法の違いや執刀医のスキル・方針(傷の大小より手術しやすさを優先されることもあります)によって変わります。また、傷が小さく見えていても、その内部では腹膜がより広範囲に切られているケースもあります。
腹膜の切開幅が広いほど、術後の痛みが増す傾向にあります。その理由ですが、腹膜はお腹の中を包むように繋がっているので、呼吸に伴って腹膜が動くと、傷口も一緒に引き伸ばされてしまうためです。
こういった背景から近年では、低侵襲手術法の研究が進んでおり、傷口を小さくする手術法が開発されました。腹腔鏡手術はこの研究成果の一つであり、傷口と腸管露出時間を縮ませることで、術後の合併症の軽減に成功できるようになりました。そのおかげで現在、腹腔鏡は鼠径ヘルニア手術を含む多くの外科手術で活用されています。
胃や大腸、胆のう、食道、虫垂炎などの手術においては、腹腔鏡手術が第一選択とされています。ロボット手術も腹腔鏡手術の一形態です。最近では、肝臓や膵臓の手術にも腹腔鏡が使われはじめています。
腹腔鏡手術は開腹手術に比べて傷口が小さく、鼠径ヘルニア手術では臓器の摘出がないため、傷口が小さく済みます。手術当日からシャワーを浴びることができますし、翌日には入浴も可能です。
術後の痛みについて:
全身麻酔とブロック注射の併用で
さらに痛みを軽減
鼠径部切開法では、全身麻酔が必ずしも必要とされるわけではありません。確かに、一部の日帰りクリニックでは、外科医が局所麻酔だけで手術を行うことはあります。しかし、市中病院や総合病院では安全管理のため、麻酔科医による全身麻酔や脊椎麻酔が行われることがほとんどです。また、近年では術後の痛みを和らげるため、全身麻酔とブロック注射を組み合わせる方法がよく選択されています。
一方、腹腔鏡手術では麻酔科医による全身麻酔が必要です。全身麻酔により、術後の痛みをコントロールします。傷口が小さいため、ほとんどの場合は全身麻酔と鎮痛薬の内服だけで痛みがコントロールできますが、当院ではさらなる痛みの軽減を目指し、全身麻酔に加えてブロック注射を行っています。ブロック注射は左右それぞれの脇腹に施され、傷口から脳への痛みの伝達を遮断し、術後の不快感を最小限に抑えます。
当院で使用するブロック注射用の局所麻酔薬「レボブピバカイン」は、患者様によって差はありますが、手術後約9時間の鎮痛効果が期待できます。この注射は、少ない量の麻酔薬でも長時間効果を持続させるため、体内の限られた範囲(コンパートメント)に留めます。これにより、手術後の痛みのピークを乗り越えることができます。
一方で、局所麻酔に使われる「リドカイン」や脊椎麻酔に使われる「ブピバカイン」は、約2~3時間の効果しかありません。これらは手術を行うために用いられる麻酔であり、術後の痛みを緩和させる時には使用されません。また医療保険の観点から、ブロック注射や硬膜外麻酔以外で、レボブピバカインを使用することは認められていません。
ブロック注射・局所麻酔の効果が切れた後の痛みですが、腹腔鏡手術を受けた患者様には、当院から提供する鎮痛剤を飲んでコントロールしていただきます。これにより、多くの方が翌日からの日常生活を問題なく送れるようになっています。
鎮痛剤は毎食後に服用するタイプと、痛みがあった時に使用するタイプがあります。痛みを
我慢して薬を飲まない方もいますが、無理は禁物です。術後の痛みを積極的にコントロールすると、合併症のリスク軽減が期待できるので、当院では適切に薬を飲んでいただくよう案内しています。
適用条件に当てはまる方でしたら
腹腔鏡手術をお勧めします
「術後の痛みが少ない」など、腹腔鏡手術のメリットについてご理解いただけたかと思います。できれば全ての患者様にこの手術を受けていただきたいのですが、適応外となるケースもあります。
- 過去に同じ側で、腹腔鏡を用いた鼠径ヘルニア手術を受けてきた方
- 下腹部を大きく開ける開腹手術を受けたことがある方(大腸手術や前立腺全摘出術など)
開腹手術を受けた経験がありますと、癒着が生じている可能性が高く、腹腔鏡手術が困難になる恐れがあります。特に、前立腺全摘出術を受けた方は、鼠径ヘルニア手術で剥離しなくてはならない腹膜と、以前の手術で剥離した部分が同じになるため、再剥離時に問題が生じる可能性があります。そのため、当院では通常、このような患者様には日帰り腹腔鏡手術を行っていません。
これらの条件に当てはまる方は、安全を最優先として鼠径部切開法を勧めていますが、それ以外の方は腹腔鏡手術が可能です。術後の回復や快適さに配慮すると、腹腔鏡手術が望ましい選択と言えます。
また、「血液をサラサラにする薬を飲んでいるため、鼠径部切開法しか受けられない」と他院から指摘された患者様もおりますが、これは誤解です。実際には、腹腔鏡手術が適用できる場合が多いです。
糖尿病や心筋梗塞、脳梗塞などの合併症がある方でも、腹腔鏡手術に変更しても手術によるリスクが高くなるわけではありません。
日帰り手術が可能かどうかにつきましては、患者様の全体的な状態を診て判断します。
持病があっても、かかりつけ医の指示に従い内服薬を適切に服用し、状態が安定していましたら、日帰り手術で対応できるケースがほとんどです。「持病があっても日帰り手術が受けられるかな?」とお悩みでしたら、どうぞお気軽にご相談ください。
鼠径ヘルニア手術を希望される方は
当院へご相談ください
当院では、体への負担が少ない腹腔鏡手術を提供しています。日帰り手術の場合、片側の手術は約30分、両側の手術は約1時間で完了します。
腹腔鏡手術の技術が向上し、広く行われるようになった現在では、鼠径部切開法と比べて手術時間に大きな差は見られません。また、術後の痛みが軽減される、安全性が高いなど、多くのメリットが得られる手術と評価されています。